世界レヴェルへの道 学問

正しい行いでも、そこに嘘があると、正しくなくなる

投稿日:

神の法の下、生井利幸によって正式神聖賦与された「正式神聖指導の範疇・枠組み」の中で行う弟子の活動の中で最も大切なことの一つは、「行いの清潔さ」です。

行いの清潔さとは、表現を換えると、「清らかな心で行動する(活動する)」ということです。清らかな心とは、

 ・「嘘を行わない心」
 ・「行いに於ける『本来の順番(順序)』を変えることなく、正しい順番で、一つひとつ丁寧に行う心」

ということです。例えば、銀座書斎入居ビル・清掃活動ノートについて述べるならば、弟子が記入する内容は、そのすべてが「真実」でなければなりません。言うまでもありませんが、せっかく時間をかけてノートに記入しても、記入した内容が「真実」でなければ、何ら意味を成すことはありません。

弟子が、同ノートに自身の活動について記入するとき、その記入事項の中に、「自身の命」を投入してください。弟子が清掃活動を終えた後、その活動について同ノートに記入するとき、一語一語を自身の命で書くことにより、そこに「活動の真実」(本当に行ったこと)が残ります。

通常、命を投入した記述には、嘘はなく、そのすべてが「真実の内容」になります(作家であるわたくし生井利幸がこのように明言するのですから、このことは間違いないでしょう)。

弟子が、相当なる体力を使って行う「清掃の意味・意義」を成させるには、その後に行う記述行為に於いても、「清らかな行為」であることが必要です。

正式神聖指導の範疇・枠組みの下、最後に、もう一度、教え導きます。弟子の活動に於いて、「行いの清潔さ」は、その行いをする「弟子の命の質」を高めます。一方、「行いの不潔さ」は、「弟子の命の質」を著しく低下・悪化させます。

このことについて、「自分の真実を師に開示したい」と切望する弟子は、躊躇することなく開示してください。

■正式神聖教示
正しい行いでも、そこに嘘があると、正しくなくなる。

-世界レヴェルへの道, 学問

Copyright© 弟子専用ウェブサイト , 2024 All Rights Reserved Powered by STINGER.