本稿<1>では、「『一秒の価値』は、『一人の人間の命の価値』と同じである」という趣旨の講義を講じました。本稿<2>では、「この問題と、愛する弟子たちとの関係性」について述べます。
<1>に於いて、『人間が必ず迎える死について、「次は自分の番?」と考えることは良いこと。その理由は、そう考えることによって、わたくし自身が、一秒を無駄にしないようになる』と書きました。この考え方の背景には、常に、以下のような(わたくし自身の)課題があります。
1)
弟子たちを「世界レヴェルの教養人に育て、仕上げる」という人生をかけたミッションがあるが、自分が死を迎えるまでにそれが間に合うだろうか。いや、自分が実際に、「今と同じように身体が動くまでのあいだ」に間に合うだろうか。
2)
わたくし自身、あと何年、今と同じように身体を使うことができるのだろうか。弟子たちを「世界レヴェルの教養人に育て、仕上げる」というミッションを実現させ、完了しなければならない。一日も無駄にできない。いや、「一秒」(one second)も無駄にできない。
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弟子たちに対してわたくしが常に述べる、「一秒に命をはりなさい!」という正式神聖指導は、実のところ、特に「上記の2つの観点」からそのように述べています。
「一個の人間の命の価値」と「一秒の価値」は同じもの。弟子たちには、このことを自らの命で感じ取り、生井利幸が賦与する一秒一秒の正式神聖指導の中で生き続け、必ず、「世界レヴェルの教養人」として自分の個を確立することを切望しています。
You are holily privileged to risk your life in spending every second continuously under the aegis of holy instruction Toshiyuki Namai carries out.
弟子たちも、師と同じように、「迎えるこの一秒一秒が勝負どころ」という時間観念を持ち、「一秒」に命をはってください。「一秒に命をはる」ことが、直接、「世界レヴェルの教養(英知)」の構築具現への道のりとなります。
2018年10月15日(月)現在、正式の弟子は5名。わたくし生井利幸は、出し得る全エネルギーを投入し、わたくしの身体が使えなくなる日が到来する前までに、「5名すべての弟子を、必ず『世界レヴェルの教養人』として育て、仕上げます」。